my favorite songs 001:今
もっぱら私ありくしの個人的な好みで勝手に一題につき七首選歌させて頂きます。
短歌を始めて二年目の未熟者の所業ゆえ、ご不満などもあるかと思いますが、ご勘弁くださいませ。
最初の題は「今」。
いきなり難しい題ですね。
「いつ」「だれが」「どこで」「どうした」みたいになってしまうと、もうおもしろくない短歌の代表選手になってしまいます。
その「いつ」の王様みたいな「今」です。
わたくし、初球から回文で逃げてます。
皆さん色々苦心されていますが、心に残った秀歌たちは、唯一の己の時の流れの「支点」として「今」を上手く使われています。
以下、七首
手の中で汗にまみれてやわらかくなってきました今日のお薬 (黒木うめ)
毎日飲まねばならない薬に対して苦々しく思いながらも半ば諦め、さりとて全面降伏は忌々しい。
掌で弄ぶうちに汗を吸って柔らかくなる薬。
「さあ、やわらかくなってきましたよ」とその状況を自ら戯画化する視線が面白い。
新聞が郵便受けに入る音ことり聞こえて今日は始まる (夏実麦太朗)
毎日くり返される「円環」としての日常に、毎朝きまって打たれる一日の始まりの合図のピリオド。
新聞配達の若者と新聞を待つ作者とは、そのほんの一点でのみ(ただし毎日)つながっている。
朝の爽やかな光景の中の一期一会の映像が際立っている。
今うたう歌などなくて砂浜に打ち上げられたクジラを撫でる (みち。)
震災の歌でしょうか。
打ち上げられたクジラに鎮魂の歌も出てこないほど呆然と立ち尽くす。
万感をこめた掌で撫でるように、犠牲者達に心を添わせることしか出来ない。
無力感の愛が深い。
落ちてくる雪の一粒一粒の源を追う今に吸われる (芹澤すばる)
ちらちらと空から落ちてくる雪を追いかけて顔で受ける。
そうこうしているうちに上下の感覚があやふやになって、結句でいきなり灰色の空に落ちていくような錯覚にとらわれる。
ドキドキ感と不安な心境がグロテスクに混じり合って美しい。
この花が散ったらお酒をつくりましょう今を春べと乙女の遊戯 (祥)
ほんわり仄かにエロティックな雰囲気の中、既にほろ酔い気分な桃源郷感。
『今を春べと』・・・花吹雪の中に包まれたくなる。
オリーブの澱む缶詰捨てたればたつた今よりはつなつとなる (鮎美)
何かを起点に急に時が動き出すような感覚にとらわれることがある。
この歌の場合は、冷蔵庫の中にずいぶん前から少しだけ残っていたオリーブの缶詰を捨てた瞬間がそれで、古い衣服を脱ぎさった瞬間に新しい世界が見えたような清々しさがある。
『たった〜はつなつと』と下の句のt音連打が小気味よく響く。
今風が吹いたらたぶん飛ばされて飛ばされちゃったことにできるね (じゃこ)
ちょっと浮ついた恋人たちの会話でしょうか。
二人だけの世界に飛ばされるのでしょうが、「飛ばされちゃう」じゃなくて「飛ばされちゃったことにできる」という『童話を読んでいる読者視点』で自分たちを客観視しているのが面白い。
上の句がいささか凡庸な感じで入るのが、逆に後半の飛ばされちゃった感を引き立てていてテクニカル。