諸共に渇く夏野の大向日葵あるいはともに死にしもののふ
黒蝶の鱗粉ほほに光らせて帰り支度の墓参のをとこ
篝火の明るみ昏む本陣にきりぎりす鳴くほどのほころび
赤銅の器にそそぐ乳の白あはれ幼き母の虫好き
煌煌と口に糸引く血の紅を見誤りたり黄昏の雷 黄昏:くわうこん
ぬばたまの冥府つらつら梯子せりしばしば翳る青きほほもて
缶のままに桃喰ひあつてその指を午ちかき日に翳す まくなぎ
夜の空裂けて樹冠の白月のスローロリスや吾瞠きて
霧雨は誰に知られて降るのです余裕のない真夜中のダム湖に
沈丁花あるかなきかの風につれ切れ切れ匂ふあかときのきみ
蟲に近きゆゑに子供の手と脚は細し六千万年の夏
ひたぶるに散り花拾ふ中年の邪宗の僧の手こそ白けれ
あけぼのに霞む儚きいなづまの光映して白孔雀かな
篝火や弟待雪に散りまがふ夜半の大石主税笑ひき
ゆきずりに歌の一首も詠みすてて天色映す潜水士の眼
推薦附避妊具譲り受けてより夢分析のカルテに伏字
萍やなほも数へて浅葱色のリボンを凪の浅瀬に流す
晴天に爪立つ煙突掃除夫の片頬笑ひ 月に倦むべし
夏椿われの踵を掠めたる音を遠くの夢に聞きつつ
ユリノキの木下闇より黝揚羽たちて幽かに腐臭のにほふ
細き喉嗄れんばかりに鳴き下ろすチイサイトリのユメの大空
たぎつ瀬の水無月青葉緯糸にさして貴様と刺し違へたり
かぶとむし右手に持って応答せよ応答せよと夏の子が過ぐ
絶えむとやおほわたつみに比丘尼魚の桃色透けてふかきかなしみ 比丘尼魚:びくにん
名にし負ふ喜連瓜破の早指しの棋士早川のあをき髭面
中央と名乗つたばかりに四国中敵に廻した 特産は紙
奇貨居きて十歳経にけり枇杷好きの喇叭奏者をまたも騙しつ
渓のそら龍のかたちに夕焼けて螢子売りの皺かげりたり 渓:たに
われらは夏の何の比喩はや月光のらくだの瞼ゆるやかに閉づ
こひこくとふ郷土料理を待ちわびて旧街道の鄙の家に雨