072:諸(有櫛由之)

諸共に渇く夏野の大向日葵あるいはともに死にしもののふ

071:粉(有櫛由之)

黒蝶の鱗粉ほほに光らせて帰り支度の墓参のをとこ

070:本(有櫛由之)

篝火の明るみ昏む本陣にきりぎりす鳴くほどのほころび

069:銅(有櫛由之)

赤銅の器にそそぐ乳の白あはれ幼き母の虫好き

068:煌(有櫛由之)

煌煌と口に糸引く血の紅を見誤りたり黄昏の雷 黄昏:くわうこん

067:府(有櫛由之)

ぬばたまの冥府つらつら梯子せりしばしば翳る青きほほもて

066:缶(有櫛由之)

缶のままに桃喰ひあつてその指を午ちかき日に翳す まくなぎ

065:スロー(有櫛由之)

夜の空裂けて樹冠の白月のスローロリスや吾瞠きて

064:裕(有櫛由之)

霧雨は誰に知られて降るのです余裕のない真夜中のダム湖に

063:丁(有櫛由之)

沈丁花あるかなきかの風につれ切れ切れ匂ふあかときのきみ

062:万年(有櫛由之)

蟲に近きゆゑに子供の手と脚は細し六千万年の夏

061:宗(有櫛由之)

ひたぶるに散り花拾ふ中年の邪宗の僧の手こそ白けれ

060:孔雀(有櫛由之)

あけぼのに霞む儚きいなづまの光映して白孔雀かな

059:税(有櫛由之)

篝火や弟待雪に散りまがふ夜半の大石主税笑ひき

058:士(有櫛由之)

ゆきずりに歌の一首も詠みすてて天色映す潜水士の眼

057:析(有櫛由之)

推薦附避妊具譲り受けてより夢分析のカルテに伏字

056:リボン(有櫛由之)

萍やなほも数へて浅葱色のリボンを凪の浅瀬に流す

055:夫(有櫛由之)

晴天に爪立つ煙突掃除夫の片頬笑ひ 月に倦むべし

054:踵(有櫛由之)

夏椿われの踵を掠めたる音を遠くの夢に聞きつつ

053:腐(有櫛由之)

ユリノキの木下闇より黝揚羽たちて幽かに腐臭のにほふ

052:サイト(有櫛由之)

細き喉嗄れんばかりに鳴き下ろすチイサイトリのユメの大空

051:緯(有櫛由之)

たぎつ瀬の水無月青葉緯糸にさして貴様と刺し違へたり

050:答(有櫛由之)再投稿

かぶとむし右手に持って応答せよ応答せよと夏の子が過ぐ

049:尼(有櫛由之)

絶えむとやおほわたつみに比丘尼魚の桃色透けてふかきかなしみ 比丘尼魚:びくにん

048:負(有櫛由之)

名にし負ふ喜連瓜破の早指しの棋士早川のあをき髭面

047:四国(有櫛由之)

中央と名乗つたばかりに四国中敵に廻した 特産は紙

046:貨(有櫛由之)

奇貨居きて十歳経にけり枇杷好きの喇叭奏者をまたも騙しつ

045:売(有櫛由之)

渓のそら龍のかたちに夕焼けて螢子売りの皺かげりたり 渓:たに

044:らくだ(有櫛由之)

われらは夏の何の比喩はや月光のらくだの瞼ゆるやかに閉づ

043:旧(有櫛由之)

こひこくとふ郷土料理を待ちわびて旧街道の鄙の家に雨